第165回 金曜サロンスペシャル 『高齢者・障がい者と家族・友人のための旅の作り方』

 高齢化社会と言われて久しい昨今ですが、ご家族に高齢者や障がい者がいた場合、旅行をあきらめてしまうケースや、ご家族の中で一部の方を家に残して健常な方のみで旅行に行かれるケースなども増えているようです。
 話し手の野村さんのご提案は、高齢者や障がい者がご家族と一緒に旅行をしてリフレッシュすることで、家族間の絆をより強くし、高齢者や障がい者の方々に帰ってきてからの生きる活力を得ていただきたいというものです。
 高齢者、障がい者を抱えたご家族にとっての新たな家族旅行のあり方についてお話をいただきました。

1 自己紹介

 野村さんは1967年東京生まれで、現在55歳になります。
 6歳から22歳まで町田市に住んでいらっしゃいました。幼少期にはヴァイオリンを習っていました。中学校では卓球部に所属していましたが、女子からもてなかったので、高校ではサッカー部に入りました。そして大学生になって再びヴァイオリンをやってみたくなり、オーケストラでヴァイオリンを弾いていました。
 大学卒業時の1990年にドイツ系総合化学会社ヘキストに入社。その後入社した会社が合併・買収などを繰り返し、最後はフランス系製薬会社のサノフィに変わりました。この間、野村さんは営業、広報、経営企画、財務経理等の業務に携わり、2018年3月に同社を退職しました。

2 おはようトラベルを開業したきっかけ

 野村さんは2018年11月から高齢者・障がい者のための旅行会社として「おはようトラベル」を立ち上げ、営業を開始しました。旅行をあきらめがちな人が「旅」を通じて楽しみの多い生活を送ることを目的として、全国の観光地のバリアフリー対応に積極的な施設・組織などとの連携を進めています。その他にも野村さんは社員とその家族、取引先の社員とその家族、現在顧客と未来顧客、地域社会とりわけ高齢者や障がい者といった社会的弱者、株主などの資金提供者、の「5人」を大切にする「五方よし経営」の普及に努める「人を大切にする経営学会」にも所属されています。
 2018年に「おはようトラベル」を始めたきっかけは、野村さんのご祖父様が大腿骨を骨折後、入院して寝たきりになりました。そのお祖父様には「富士山を見たい」というかねてからの希望がありましたが、野村さんがそれを叶えてあげられなかったということに端を発しています。当時、既にバリアフリーという考え方は旅館やホテルにも浸透はしてはいましたが、実際に寝たきりの高齢者が旅行をしたいという希望があっても、現実問題としてはクリアしなければならない壁が多く、富士山を見たいというお祖父様の希望はついに叶えられないまま、お亡くなりになったそうです。
 そして、野村さんはそのことをきっかけに、社会的弱者とも言うべき高齢者や障がい者が健常者と共に一緒に楽しめる旅行を企画し、実現させたいという思いから今の会社を立ち上げ、現在に至っています。

3 心のバリアフリー

 高齢者・障がい者も含めてだれもが楽しめる旅行環境を整えることがユニバーサルツーリズムの考え方です。ユニバーサルツーリズムを支えるのは建物や乗り物のハードといったことだけではなくて旅する地域のおもてなしの気持ちと行動(ソフト)が重要です。
 旅行に出かけたときに、ホテルがバリアフリーで、美しい景色があり、おいしい食事ができても、旅先で接する人におもてなしの気持ちがなければいやな思いをした、という印象で旅が台無しになったりします。
 ガリバー旅行記で、ガリバーが小人の国を訪れた際に、健常者は誰で、障がい者は誰であったか、その環境に同調できる者とそうでない者、その環境を作り出しているのは社会です。つまり、「高齢者」や「障害を持つ人」の「生きにくさ」は社会が作っているのであって、社会が変わらない限り、その人たちの「生きにくさ」は解消されないということが心のバリアフリーの考え方です。
 高齢者や障がい者にとっても、旅先で心地よい居場所があり、訪ねた地域の人たちに温かく受け入れてもらえれば旅の喜びは大きくなります。そこで五感を通じた人と人とのやり取りがうまれ、土地のことを理解し、愛着を持つようになるのです。
 「心のバリアフリー」の考えに沿ったおもてなしを実践するためには、コミュニケーションをとる力、困難や痛みを想像し共有する力が必要であり、「こんにちは。何かお手伝いできますか?」というような言葉を積極的にかけられる人を増やしていくことが大切です。

4 ユニバーサルツーリズム―高齢者・障がい者と楽しむ旅

 高齢者や障がい者との旅行を考えるときに、バリアフリーな移動手段の確保、ストレスなく滞在できる宿や気持ちよく楽しめる観光施設、入浴を含めたいろいろな場面での介助や介護のための人の手配、そしてそれらをサポートする福祉用具の手配などがあり、慣れていないとそれらの準備が大変で最初からあきらめてしまったりします。
 しかし、「バリアフリー」+「地名」で検索すると泊まりやすい宿が出てくるなど、インターネットの活用で取れる情報も充実してきています。地元の観光協会に電話やメールで問い合わせることでいろいろな情報が取れることもあります。ホテルが入浴支援のサービスを手配してくれるようなケースも出てきています。
 また、おはようトラベルも会員になっている日本ユニバーサルツーリズム推進ネットワークの各参加団体なども、地元のバリアフリー調査に基づいて、観光施設、観光ルート情報などを発信しています。こうしたところに問い合わせれば専門性をもって相談に乗ってくれます。
 おはようトラベルとしても各地のユニバーサルツーリズムセンターなどと連携して、より多くの高齢者や障がい者の方々とその家族・友人の皆さんが「いい旅だった」と言っていただけるように努力していきたいと考えています。

まとめ

 今回のお話は野村さんのビジネスに直結する内容でもあったため、公共の講演会としてふさわしいかというところも正直なところ少し懸念されました。
 しかし、話し手の野村さんが稲城市で旅行業を開業するきっかけとなったのはご祖父様が富士山を見に行きたくても、またご家族として何とか行かせてあげたくても、それが出来なかったことがきっかけになっています。その動機は純粋であり、今回、野村さんのお話をお聞きして、お祖父様を連れて行けなかったご自身の経験から、自分と同じような境遇にあるご家族にはその思いを叶えてあげたいという強い思い、内に秘めた志の高さを感じました。
 もちろんビジネスですから、それなりの利益が上がらないと会社を運営していけなくなるのも事実です。しかし、野村さんの場合、第一に考えていらっしゃるのは、高齢者の方、障がい者の方が健常者と同じく旅行を楽しんでもらい たいというところにあるという点が単なる旅行会社とは決定的に違う点であり、今回、金曜サロンスペシャルの話し手としてご登壇いただいた理由です。
 最後に野村さんが「旅、それは人に言葉を失わせ、そして語らずにはいられなくさせるもの」という言葉で締めくくりました。その旅の魅力を1人でも多くの人に、特に身体の不自由な高齢者や障がい者の方々に味わってもらいたい という思いがひしひしと伝わってきました。
 今回のお話を会場にきて聴いていた皆様の中には、旅行介助のボランティアを申し出る人がいらっしゃったり、講演終了後には、自然発生的に人の輪ができて、それぞれの連絡先を交換し合っていました。これこそが金曜サロンスペシャルの醍醐味であり、そのような人と人との関係を通して、新たなグループ が誕生したり、協力できる関係が構築できれば素晴らしいと感じました。
                         (Y.OGAWA)