2021/11/5金曜サロンスペシャル 「〜セカンドライフを楽しむためのコツ~」

 話し手の田村さんはサラリーマン時代、仕事一筋人間で特にこれといった趣味を持っていらっしゃいませんでした。そんな田村さんですが、退職を機に様々な趣味や興味をもつようになり、気がつくと18種類に及ぶ趣味を持つまでになっていました。
 田村さんが様々な趣味にチャレンジしていこうと思ったきっかけや考え方の転換など、定年後のセカンドライフを謳歌している田村さんに「セカンドライフを楽しむためのコツ」と題してご自身の半生を振り返ってお話をしていただきました。

 【田村さんのプロフィール】
1954年 世田谷区生まれ
1970年 都立高校進学に失敗し、初めての挫折を味わう。以降、不良学生の道に入る。
1973年 付属校からそのまま大学の法学部に進学。学生時代はアルバイト生活に明け暮れる。法学部であったが、法医学を専攻し、犯罪心理学、行動心理学(プロファイリング)を学ぶ。
1977年 就職時期が第2次オイルショックの就職氷河期と重なり、スーパーに就職する。母親はとても失望したが、レジのアルバイトに来ていた女性(奥様)と結婚。長女、次女、三女、長男の子宝に恵まれる。
1980年 最初の転職先として金のブラックマーケットの関連企業に就職する。この転機はコンピューターを夜学で学ぶ為の方便となり、その会社で為替など経済の仕組みを学べたことは、その後大変貴重な経験となった。
1982年 NECの子会社に転職。システムエンジニアを6年経験した後、コールセンターのセンター長として26年間勤務した。特に、新規職員採用については約5千人以上の面接を行い、応募者を一目見ただけでその人がどのような人かが分かるまでになった。
2012年 58歳にて親の介護も必要となったことから退職。この頃から趣味の生活を開始する。手始めにずっとやりたいと思っていたフルートから開始。
2019年 ICカレッジのプロフェッサー講座『持続可能な社会と地上の太陽』(講師:中央大学名誉教授 河野光雄先生)を受講し、その講座から派生したグループ「稲城グリーン化プロジェクト」(再生可能エネルギーを実現し、エネルギーの地産地消を目指す市民団体)にて活動中。
2021年 市民活動サポートセンターいなぎ理事に就任。

 【田村さんのお話】
 開始早々、田村さんからはまず、フルートから始まって、絵手紙、郷土史、甲骨文字、太極拳、書道、硬筆、社交ダンス、包丁研ぎの他、現在、自分が行っている様々な趣味とその内容についてお聞きしました。
 フルートは、まともな音が出るまでに5年かかったことや3日練習しないと元の感覚を取り戻せないこと。絵手紙は三沢川の風景を描いたことがきっかけで、旅日記を絵手紙にしようと始めたこと。郷土史では、稲城が弥生時代から奈良時代にかけて関東一円において瓦の一大産地であったことや、教えていただいている郷土史の先生の推論が大変興味深く、歴史には確かなものはなく、新証拠で史実と言うのはどんどん変わっていくことを学んだこと、又日本人のルーツなどにも興味をもつようになったそうです。
 そして何といっても社交ダンスについてのお話では、ご本人の感想としては運動量はアイスホッケーやラグビーと同程度であり、型の美しさは空手などに通じるものがあるということ、一見すると男女が密着するイメージを持つ人もいるが、実はほとんど相手には触れていないこと等々、お話をされました。

 自分史としては、大学時代犯罪心理学を学び、FBIのプロファイリング技術を学んだこと、コールセンター長時代にはほぼ毎日のように新入社員と面接を行い、セクハラ、パワハラなどのメンタルケアに関する相談も相当受けたとのことですが、会社員時代はとにかく仕事一筋で、社内のゴルフコンペや麻雀、ギャンブルさえ一切することがなかったそうです。
 その後、お母様の介護が必要となったことから58歳のときに希望退職。6年間の介護生活を経て、その後生活の中心が趣味の世界にシフトしていくようになったそうです。
 そのような転機の一つとなったのは、稲城ICカッレジのプロッフェッサー講座「持続可能な社会と地上の太陽」(講師:中央大学名誉教授 河野光雄先生)を受講し、ライフワークの一環として始めた「稲城グリーン化プロジェクト」での活動がその後の田村さんの趣味の世界を広げる上で大きな原動力になったそうです。
 田村さんは好きなことをやって、元気に毎日を過ごしてピンピンコロリと世を去ることが理想とおっしゃっています。パラグライダーやテニスもこれからチャレンジしてみたいとのことでした。

【まとめ】
 今回のお話では、無趣味だった田村さんがなぜこれだけの趣味を持つようになったのかと言う核心部分に触れないまま、話が終わってしまったのが、少し物足りなく感じた方もいたのではないかと思います。
 後日、ご本人にそのことをお聞きすると、田村さんご自身は元々は色々なものに興味を持つタイプでしたが、仕事があまりにも多忙だったため、趣味に興じる暇もなかったというのが正直なところだそうです。趣味を「やらなかった」というより、忙しくて「やれなかった」ということのようです。
 特に最後のお仕事として任されていた コールセンターはクレーム対応部署であるため、時には会社に寝泊まりをしながら仕事をされていたそうで、「当時は24時間仕事に明け暮れた生活だった」と話していらっしゃいました。
 なるほどそういうことであれば、退職を機に田村さんが多くの趣味を持ったことについても合点がいきます。


 

 当初、私が勝手に想像していた田村さんの人生ストーリーというのは、真面目なサラリーマンが退職を機に俄然いろいろなものに興味を持ち、いつしか積極果敢な人間に変わっていったというストーリーを思い描いていましたが、実は全く違って、退職を機にもともと持っていた好奇心旺盛な血が騒ぎだしたというのが真実のようです。
 子どもの頃から宇宙のことや物理学に興味があり、今でも宇宙に関する書籍を読んでいるという田村さん。高校時代に女性にモテたいがためにギターに明け暮れ、その高校時代に初めてつきあった女性がフルートを吹いていたことが、最初の趣味であるフルートにたどり着いたきっかけだったとお聞きしました。
 田村さんの魅力は、気軽におしゃべりができる一面と、その一方で歴史や宇宙、物理学などについてとてもインテリジェンスな一面を併せ持っているところではないかと感じました。
 田村さんのお話に興味を持たれた方はぜひ「金曜サロン」にお越しいただき、ご本人から続編をお聞きくださいますようお願いいたします。(Y.OGAWA)


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ご興味がある方は、是非ご覧ください。