協働講座「公共の場所をより魅力的にするには・・・」

協働講座(2016.2.8)

 

市民と行政とが協働して

「公共の場所をより魅力的にするには・・・」

 

講師:岩本唯史
氏(建築家)

Rass DESIGN代表/株式会社水辺総合研代表取締役/河川利用PRブロジェクト「ミズベリング」デレクター/水辺荘共同発起人

リノベーションや建築設計の傍ら、都市の水辺の魅力を創出する活動を行っている。横浜の水辺を使いこなすための会員組織「水辺荘」の運営を行っている。
 

この講座は、市職員の研修を兼ねて、毎年この時期に開催しているものです。講師は建築家であると同時に、肩書きに示すような様々な活動を行っている岩元唯史さんでした。その豊富な自らの体験談を交えて、公共の場所を魅力的にするための方法論を披露していただきました。以下、その講座の内容について感想を交えながら報告させていただきます。(理事:小林攻洋)


 

岩本さんは、ドイツに留学した時代の経験から、建築家は建物を創るだけの仕事で良いのかと考えるようになり、建築物と建築物の間にこそ魅力が潜んでいるのではないか。その魅力を作り出すことも建築家の仕事ではないかと考えるようになったのだそうです。

 

その経験とは、ドイツで生活してみると、工場跡地でアートイベントなどが行われているだけでなく、公園や学校の隅っこ、カフェテリアなど、まちのいたるところでパーティが行われていて、それはとても刺激的だった、ということです。

それに対して、日本には公園はあるが「広場」がない。しかも、日本の公園は禁止事項ばかりで、そこでは何もできない、と考えるようになったのです。

 

 

【ボロ家のリノベーションと活用】
 
2002年に帰国した岩本さんは、八丁堀にあるボロ家(あえて“ボロ家”という呼ぶ方をしたので、大家さんから苦情がくるかと思っていたら、全くこなかったというエピソードも披露していました)を自分たちでリノベーションして、シェアオフィスにし、そこでアートイベントを開催します。同時にCNN(中央区ネーティブネット)という会を立ち上げます。

他人に貸せなくなったような“ボロ家”を探し出し、そこを紹介して面白そうな人を呼び寄せる活動です。最終的には10軒の家が出そろい、マスコミなどからも注目を集め、アーティストやクリエーターの創造こそがまちの価値なのかも知れない、と考えるようになります。

しかし、いざなぎ景気の時に、それらは一戸ずつ地上げにあい、消滅してしまいます。経済の大きな波にのみ込まれてしまったということです。

【水辺にラブコール】

その経験から、次に水辺に着目するようになります。

中央区の地図を見ると、未利用の空間は川だけ。建物はその水辺に背を向けて建っている。ここでなら「広場」ができるかも知れないと考えたのです。

例えば、「CAFÉ art event」のようなことができるかも知れない。それに気付いてワクワクします。

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そのことを行政の担当者に話すと、初めは賛同してくれたのですが、やがてクレームをつけるようになってしまった。町内会に向けて説明会を開くと、大反対を受けてしまったからです。近隣住民に反対されると行政は腰が引けてしまう。応戦してくれる人は沢山いたのですが、その人たちはステークホルダー(直接的な利害関係者)ではない。

その経験から、公共空間(をどう使うか)は行政ではなく住民が意思決定しているのだということに気付きます。

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余談ですが、江戸時代には橋詰広場という、橋のたもとに空間があって、そこに床見世や露店、芝居小屋などが建って、とても賑わっていたという記録や絵が残っています。河川に面する空間は、元々そういう場所だったということです。

 

OAT  PEOPLE  Association の時代】

そんな経過もあって、2000年〜2002年にかけて、BOAT  PEOPLE  Association  という会を立ち上げ、船上でカフェを開く活動などを行います。

横浜トリエンナーレではバージ船(河川運河などの内陸水路や港湾内で重い貨物を積んで航行するために作られている平底の船舶。都内に80せき程度は残っている)を買ってきて、その上に農業用ビニールハウスを建て、カフェを開きシンポジュームやイベントを開催したのです。(Symposiumu on BOAT

 

さらに、その船のことをもっと知ってもらおうと、方便として「防災船」銘打って広くアピールします。具体的には、国の都市再生モデル事業として500万円の助成金を受け、ジーゼル発電機や太陽光バネルを設置し、実証実験を行ったのです。

10人程度が宿泊でき、2〜3日なら50人ぐらいは過ごすことができます。そのため、様々な自治体から、イベントなどで使用したいという声がかかったということです。

実証実験の結果は、水の使用が制限され、汚物の処理が大変だったことだったようです。

 

【風景とは人の意識によって形づくられる】

またこんなテーマを掲げ、この船を使って、以下のような様々な事業にも取り組みます。

・京浜運河を運行し、水辺から陸地を見る水辺リサーチ

橋の上から船に食材を取り込むワークショップ

首都高速道路を下から眺めるツアー

マップワークショップ

しかしこのBAOTは、その後、繋留の関係で解体せざると得なくなります。しかし、転んでもただでは起きないのが岩本さんたちの活動。その惜しまれる解体の様子を「悲しきLOBの行方」というタイトルで、twitterで中継したのだそうです。

 

【水辺荘の活動へ 拠点施設が水辺を開く】

船の活動を続けて分かったことは、陸地に様々なルールがあるように、水辺にもカチカチのルールがあって、その境界のところを何とかして解放しないと、水辺は解放されないということでした。

 

そこで、大岡川の川の駅の有効活用を提案、そこに拠点施設として水辺荘を設けることができるようになります。市役所が借り上げ、そこを借りることができたのです。

そこはわずか15㎡でしかない水辺荘ですが、その拠点を設けたことで、何万㎡という水辺での活動が可能になったのです。

 

このことについて、岩本さんたちは横浜市職員向けの雑誌「調査研究レポート」の中で次のように述べています。

 

実際河川に入ろうとすると、水面へ降りられる場所はもちろん、ライフジャケットやカヤックなど、様々な場所や道具が必要だ。着替える場所やトイレも書かせない。水辺に関心を持つ人が集い、気軽に水辺に出ていくことのできる拠点施設があれば、もっと市民の関心が高まると考えた。

そこで、私たちは話し合いを重ね、拠点の開設に向けて動き出した。

当時、NPO法人黄金町エリアマネージメントセンターが募集している親水施設「川の駅 大岡川桜桟橋」近くの、レジデンスプログラムに応募し、入居が決定し、2012年9月から拠点活動を開始した。

それが「水辺荘」である。

そして、メンバーの一人がよそ者ながら、日ノ出町の桜桟橋を管理する、町内会をベースにした「大岡川川の駅運営委員会」の活動に参加することになります。

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岩本さんたちのテーマ型コミュニティ活動(NPO活動)が、地縁型のコミュニティの反対に合い、その運動が挫折したということは、先に述べた通りです。しかし、この「水辺荘」の活動は、町内会をベースにした「大岡川川の駅運営委員会」の活動に参加することで、みごとに地縁型コミュニティとつながり合うことができた事例として、とても参考になります。

 

また一方、テーマ型コミュニティ活動の特徴は、webで情報を発信し、人を集めることができることです。水辺イルミネーションイベントなど、様々な活動を展開、それをwebで発信し、あっという間に関東一円から人が集まる拠点になっていくのです。

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いまこの会には、23人中5人が市の職員がおります。そうした関係から、市職員向けの雑誌に調査研究レポートが掲載されたことは先に述べましたが、その考え方が横浜市新市庁舎デザインコンセプトブックにも、「川沿いフォーサイド・デッキ  大岡川沿いのフォーサイド」といった表題で採用され、新庁舎が川沿いに開いていくべきだという提言として述べられています。まさに協働の事例として注目できます。

【ミズベリングの活動へ・・・】

水辺の利用は「ダメ!ダメ!」から「やれるかも!」へといったムーブメントとして、各地で見直そうとされてしています。

例えば広島市では、川辺に賑わいを創出するために市民からアイデアを公募し、オープウカフェを実現するなどして、成功しつつあります。

大阪の取り組みも同様で、地番沈下しつつある大阪の都市の価値を向上させるために、府と市、経済界が一体となって、平成12年頃から「水都大阪」といった取り組みを進めています。

それにまつわるイベントや広報等の業務は「一般社団法人水都大阪パートナーズ」が府市から受託して行っているのですが、ここで特筆すべきことは、イベントなどにとどまらず、民間から寄せられた具体的な水辺の利活用の意欲はここで受け止められ、これまでのノウハウを活かしてアドバイスを行い、行政側への折衝に活かしていることです。行政側も府、市と国の河川管理の組織をまきこんだ水都大阪を推進するための窓口組織「水都大阪オーソリティ」を設置し、ワンストップな窓口を担っているということです。

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岩本さんたちはいま、「ミズベリングの活動」を展開していて、それに賛同する団体はいまや全国で35か所にのぼるということでした。この「ミズベリングの活動」とは、とかく別々の方向に向かいがちな行政、市民、企業のベクトルをリングのように同一方向に向かわせ、3次元的に高見にアップさえる運動のことだそうです。

 

【ミズベリングではポートランドに着目】

岩本さんは、最後にアメリカ・ポートランドのまちづくりの事例を紹介してくれました。これがまたとても興味ある話で、その考え方や仕組みは、協働のまちづくりを進めていく上でとても参考になるので紹介したいと思います。

 

ポートランドは、いまアメリカでも注目されている都市です。ファーマーズマーケット、クラフトビール、サンディマーケット、ストリートショー、ライトレールなど、様々な文脈で語られるまちです。

 

州知事のトム・アコール氏はUGB(アーバン・グロース・バウンダリー=都市部成長境界線)を設定し、周辺の豊かな自然を残しながら都市機能を集中させることで、職住遊の近接を実現させたことで知られます。そのキーワードはコンパクト(職住遊近接)、ローカルファースト(地域振興)だと言われています。

 

岩本さんの話のなかで、特に面白かった2つの話を紹介してみることにします。

 

〈一つは補助金の使い方、出し方の話〉

かつてのポートランドの中心市街地は、駐車場だらけ、そこで交通施策の補助金を使って、川沿いに高層道路をつくるという案が持ち上がった。しかしこれには反対意見も多く、どうしようかとワークショップを行った結果、ライト・レール(Light RAIL軽電車)を作って、中心部には車を入れないことにした。

交通施策の補助金要綱には、交通渋滞の緩和とあるだけで、高速道路を作るとはどこにも書いてない。そこで、そこを読み替えてその補助金で電車を走らせたのである。補助金を出す側も、特に反対をしなかったというから、どこなの国とはひと味違う粋な計らいということができる。

 

〈もう一つは住民自治の組織「ネイバーフッド・アソシエーション」のこと〉

これは議会の下にある下部組織で、参加者はすべてボランティア。

住民から自然発生的に誕生し、行政が追認した組織
で、地域住民が自分たちの課題について話し合い解決方法を議論し、行動する組織です。

岩本さんは、ポートランドを視察した時に、その組織の委員さんたちにインタビューし、その様子を今回映像で紹介してくれましたが、インタビューに答えた委員さんたちのコトバがとても刺激的でした。

まちづくりは建築でなく、ヒューマン・インストラクチャー、つまりは人間関係をつくることなのだ

私のような個人でも、このまちを変えることができるという可能性を感じる

自分たちのミッションは与えられた役割の中で、住みやすい社会を創ることなのだ

 

そして最後に、岩本さんも「まちの風景はヒューマン・インストラクチャーの結果なのだ」と明言していました。

 

 

 

〔参考資料〕

岩本さんの話を聞いた後に、「ネイバーフッド・アソシエーション」のことをもっと知りたくなって、ネットで調べてみました。

以下は「東京財団週末学校」(市町村職員人材育成プログラム)のホームページから「ネイバーフッド・アソシエーションとは何か」について、その一部を引用したのです。

もっと詳しく知りたい方は、直接アクセスしてみてください。とても参考になります。

 

「住民がコミュニティに参加する仕組み」

市がその存在を公式に認めたのは1970年代。

1974年に、ポートランド市議会は、住民がコミュニティに参加する仕組みであるNAの調整や支援を行うオフィスの設立を決めた。

その当時ポートランド市では、大部分の部局で予算編成や業務の優先順位付けに市民が意見を言える機会を設けたり、開発総合計画の策定に住民の意見を取り入れたりと住民の意見を積極的に取り入れようとしていた。

これは、その頃、土地利用計画についての問題が出てきたことや、オレゴン州議会で新たな土地利用を実施する際、住民から意見を聞く機会を作らなければならないことが決まったからであった。

そのほか貧困やダウンタウン地域の活性化なども課題になっており、住民の自発的な取り組みが求められる状況でもあった。こうしたさまざまな状況から行政がNAの意義を感じ、追認したのである。

 

「95のNAで市内全域をカバー」

現在ポートランド市には、95NAがあり、ほぼ全域をカバーしている。

市内95NA7つのエリアに分けられ、エリアごとに事務所が設置されている。

事務所は、その地域のNAや住民らに対し、専門的なサポートや支援を行っており、7つのうち5つの事務所は、地域内のNAの代表で構成された人々で運営するNPO団体(残り2つは市のスタッフで運営)が運営している。

NAもエリアごとの事務所も実質的には住民の自発的な活動によって成り立っているところが大きい。

 

「住民の自発的な意思によって運営」

役員やスタッフなどはボランティアで、住民の自発的な意思によって運営されている。

NAは、住民自らの自発的な活動であり、その運営の中心となる役員は選挙で選ばれるボランティアで、報酬はない。


あるNAの役員を務める女性は、生まれ育った地域に大学卒業後戻り、地域のイベントに参加する中で、自分は地域という大きな存在の一部と感じるようになったと話してくれた。彼女は建築という専門分野をいかして、地域の小さな公園のデザインなどにボランティアとして関わる中で、NAの役員を誰も引き受けないのでは地域が大変なことになると感じ、立候補したそうだ。

NAの会議は平日の夜、開催されることが多い。仕事が終わった後参加できるようにするためだ。

研修生数人が見学に行ったポートランド市の隣町であるビーバートン市のある地域で開かれたNAの会議では、7人の住民が地区の公民館に集まり、身近な課題について話し合いを行っていた。例えば、土曜日ファーマーズマーケットに来た車で図書館の駐車場が満車になり、図書館利用者が困っていること、医療廃棄物を安全に処理するために専用のゴミ箱を設置することなどが議題である。

近所の公園を補修工事する際には、住民の関心が高く、設置する電灯やベンチの配置についての議論には多くの住民が参加したそうだ。

話し合いの議題は住民が設定し、必要に応じて市の担当者に説明を聞く。そして自分たちで解決方法を探る。NAは住民自身が自分たちの地域を暮らしやすくするためにどうするか考え行動する組織なのである。